Sさんへ

もうすぐお誕生日ですね。数年前までなら、いつもこの時期は(というか年がら年中でしたね)芝居を作っていて、稽古終わりに直接お誕生祝いをしてあげられました。

今となってはそれも叶いません。だから、せめてブログで「おめでとう」を言わせてください。

君は希有な役者さんでした。

君はケリを入れる場面で、相手役の役者さんを本当にしたたか蹴りつけていましたね。稽古が終わってから相手の役者さんは「なんとかしてくれ」と泣きついてきましたよ。「これ、芝居なんですよね!?あんなに本気で蹴られたんじゃあ、こっちの身が持ちませんよ!」って。稽古の途中で役者に逃げられたら、たまったもんじゃありませんから「悪いね、よく言っとくから」とその場は平謝りに謝りました。でも、蹴りを入れてるときの君の表情と言ったら!あんなステキな表情をお客に見せれるんだったら、蹴りの一発や二発どうってことはありません。

舞台の上の君は輝いていました。異様なまでの存在感を放っていました。客の視線を独り占めせずにはおかないという気迫が一挙手一投足から溢れ出ていました。君の有する圧倒的なエネルギー量は、観る者に狂気すら感じさせるほどでした。そして僕は君の発する狂気に惹かれていました。

君はよく知っている筈です。僕の芝居は、当て書きなんです。役者さんが舞台の上で一番キラキラ(ギラギラかもしれません)できるシチュエーションをつくる。これが僕の考える台本の役割です。僕にとっては、台本というものは役者さんが書かせてくれるのです。

君には本当にたくさんの台本を書かせてもらいました。どんな芝居を書けば、君の狂気をもっともっと引き出せるだろう。君と芝居をやっていた頃、僕はそればかり日夜考えていました。

Sさん。君は数年前結婚して舞台の世界から遠ざかりました。そしてすぐにお母さんになって、今では家族を慈しみながら立派に市民生活を送っています。

それ、すごいことです。僕はホントにそう思っています。

相手役に本気でケリを入れ、悲しい場面では溢れる涙を拭おうともせず、思ったような演技ができないと過呼吸になっていた君が、お母さんだなんて!

ねえ、Sさん。舞台の上で君をキラキラ輝かせていたあの狂気を、君はどう処理しているんですか?旦那さんを愛して、赤ちゃんを慈しんで、年中行事も、ご近所付き合いもきちんとするうちに、いつのまにか昇華して胡散霧消してしまったのでしょうか?もしそうなら、それはきっと慶賀すべきことなのでしょうね。

僕はと言えば、君と芝居を作っていた頃から少しも成長していません。相変わらずサングラスを掛けてジーパン穿いて、芝居だ、ワークショップだと浮いた浮いたの暮らしに身をやつしています。もうこんなトシまでやっちゃったんです。今さら宗旨替えはできません。

こうやって文字を連ねていても、ただただ懐かしいばかりです。君とがっぷり四つに組んで「いい芝居を作るんだ」と昼夜を分かたず芝居にのめり込んだあの日々がひたすら懐かしいのです。

もし君の中に熾火のように狂気が燻っているのなら、またいっしょに・・・。いや、これ以上は書かないでおきます。人間の価値はやせ我慢の仕方ですから。

改めてもう一度。Sさん。お誕生日おめでとう。