ウチのクラスの生徒がオレのやるべきことを教えてくれた

就職する生徒の面接をやっている。1日に3人もやれば、ぐったりする。本当にぐったりする。なんならちょっと吐き気がするくらいぐったりする。精神的にぐったりするんだ。ひとりにつき、30分~1時間くらい話を聞くんだけど、シンドいね。いや、体力じゃないよ、精神的に堪えるっていうかさ。

でもね、シンドいけど、いなさずに、正面切って、今年はやりきろうって、オレ、腹括ってるんだ。

なんでそんなにシンドいかって?生徒たちの抱えている現実の重さにいやでも触れてしまうからだよ。

知らなきゃ良かったと心の片隅で思う。知らなきゃ、オレのクラスはそりゃあうるさくて落ち着きがないが、喜んで授業を受けてる脳天気なヤツらの集まりだよとヘラヘラ笑って言えただろうに。

実際、授業に来ている先生たちはみんなそう思ってる。こないだ一見さんでちょろっと授業を見に来た県教委の人は、「明るくて、嬉しそうで、いやあ、定時制のイメージが変わりました」なんて言ってたよ。

でもね、オレは知っちゃったんだよ、面接指導をしたばっかりに。面接指導でアイツらがあけすけに自分の〝学校以外の生活〟を喋ってくれたばっかりに。

ウチのクラスのヤツは大変なんだ。どう大変か、って?それ書き出したら優に本1冊書けちゃうだろうから、ここでは詳述しない。

知ったら、知る前には戻れない。

聞いてすぐに、まず、オマエらすげえな、って思った。オレ自身、同情されるの大嫌いだから、きっとアイツらも同情されたくないだろうと思って、自分の中に湧いてきた同情心は打ち消した。

次に、オレは無性に自分が恥ずかしくなった。オレね、教員なんだよ。教員は授業をやって金をもらっているんだ。さあ、オレの授業は、躍起になって作ってきたリベ国の授業は、オレのクラスのヤツらに何を提供できてるだろう・・・。そう考えたらね、無性に恥ずかしくなったんだ。

人が怖い、人が苦手だ、マスクが外せない、人とうまくつながりを作れない、人付き合いの仕方を教えてください、話し合いや組織の中での振る舞い方を教えてください、声が出来るようにしてください、大きな朗らかな声でしゃべりたいんです・・・そんな生徒には、リベ国は有用だよ。この点は自信があるな。

でもな、ウチのクラスの生徒のようなヤツらにとっては・・・どうかな。まだ、授業として改良する余地がバリバリあるんじゃねえかなって思ったんだ。でもね、オレのクラスの生徒は、リベ国、他のどのクラスの生徒よりも、まるで気でも狂ったのかと思えるくらいに、はしゃいで、ギャアギャア言って、嬉しそうに、楽しまなきゃ損だと思ってるのかといぶかしくなるくらいにノリノリで受けてくれてるんだよ。それもね、その点もオレには疑問なんだ。なんでそんなにシンドい現実を抱えていて、あんなに楽しそうに振る舞えるんだろうってね。

人間に倦まれてきた限りは、死ぬまで元気に朗らかに生きなきゃいけない。生きれるようにならなきゃいけない。自分の置かれた条件がいかにシンドかろうとも、いやシンドけりゃ余計に、元気に朗らかに生き延びてゆけるようにしなきゃいけない。そのための力を与えなきゃいけない。それが授業だと、それが学校だとオレは思うんだよ。他の先生は知らん。オレは、そこに向けて授業を組み立てて行きたいと、ウチの生徒と面接練習やって、決意を固めたよ。それができなきゃ、アイツらが頑張って学校来てる意味ないもん。授業の射程を伸ばす。ウチのクラスのヤツらが、受ける価値がある授業に、リベ国を鍛え直す。それがオレのやらなきゃいけないことだ。