自意識を濾す
UFOエクストリームというのを食べた。フタに50周年と書いてあったから、つい買ってしまった。食べた感想は・・・普通のUFOで十分だ。
オレは18歳から約2年間、東京の小石川にある寮に住んでいた。母親は何を思ったのか、UFOを箱で毎月送ってくれた。自堕落な暮らしをしていたオレは、外に食べに行くのもめんどくさくて1週間UFOを食い続けたこともあった。それでも箱買いのUFOはなかなか捌ききれない。放っておいたら部屋中がUFOだらけになってしまう。仕方ないので、寮生に転売した。夜中に買いに来るヤツが結構いて、いい小遣い稼ぎになった。
UFOをはじめて自分で作って食べた日のことは忘れられない。オレは作り方を知らなかった。カップヌードルは作ったことがあったから、同じ手順で作った。ソースを麺にかけて、熱湯を注いで3分待った。蓋を開けてみたら、それはそれは異な食べ物が出来上がっていた。いっしょにいた同級の寮生がボソッと言った。「カップ焼きそばの作り方、知らねえの?」オレは顔から火が出るくらい恥ずかしかった。
作り方は蓋にちゃんと書いてあるのだから、読んでから作れば良かったのだ。18歳のオレにはそれができなかった。いっしょにいた寮の友だちに「カップ焼きそばの作り方も知らないヤツ」と思われたくなかったからだ。要するに、オレは人目ばかり気にする自意識過剰のガキだったのだ。
自意識。人にどう思われるか気にする気持ち、とでもいえばいいか。東京に18で出て、オレは過剰な自意識のためにいくつもの忘れられない恥ずかしい振る舞いをした。シャビシャビのソース味のUFOを作ってしまったのもそのひとつだ。
オレは18から3年間、自堕落極まりない暮らしをしていた。随分と非道な振る舞いもした。失礼なこともしたし、人を傷つけもした。もちろんオレ自身もたくさんダメージを食らった。端から見たら、単に遊び呆けているバカな大学生に見えただろう。が、オレの主観では、それは単なる遊びではなく、自意識を濾すため必死の修行だった。3年後21歳になる頃には、念願叶ってオレは、18の頃とは別人のような饐えた人間に成り下がっていた。振り子だ。極端に右に振れていた振り子は、手を離せば同じ振れ幅で今度は左に極端に振れてしまうのだ。
教員の世界に長く身を置かせてもらっているが、いい年こいて自意識や世間の目にがんじがらめになっているヤツらばっかりだ。ヤツらを見るにつけ、ああ、若い頃に自意識を濾す修行をしといて本当に良かったと思う。じゃなきゃヤツらみたいに弱っちい、恥知らずな、自意識過剰の中年になっていたかもしれないから。

