一宮ほんまち通り商店街を演劇の街に

CAワークス一宮スタジオは2021年9月にオープンした。今年で丸5年が経つ。その年の1月、オレの書いた文章が中日新聞に載った。一部抜粋する。

「素敵な劇場(稽古場)の話をしたい。僕自身が芝居を作ったり、書いた芝居が上演された劇場だ。

金沢市民芸術村。金沢駅近くにある、赤レンガ作りの瀟洒な建物だ。

二十四時間稽古できる。これなら日中働いて、ごはんを食べて、夜の九時集合でも稽古が可能だ。利用料金が安い。6時間1100円は破格。そして芸術村が主催する講習を受ければ、音響・照明の機材を誰でも扱っていい。利用する市民が企画を合議で考え、実施するという点も素敵だ。

 盛岡市の劇場も紹介したい。市内を歩くと小さな劇場が街のあちこちにある。毎日と言っていいほどどこかしらの劇場で芝居をやっている。「仕事帰りにふらっと寄って観て帰るのが普通にありますね」地元の演劇関係者はこともなげに言う。盛岡では大人も高校生も、ちょっとカラオケに行くくらいのリラックスした様子で劇場に入ってゆく。これ、本当にすごいことだ。盛岡では、生活に芝居を観ることが根付いているのだ。

 翻って考える。愛知県はどうか。働きながら芝居をやろうという人が、気軽にやれるような仕組みや場所はあるだろうか。

 僕は、これから芝居をやろうという人を応援したい気持ちが強い。演劇は金も、人も、場所も必要だ。他の芸術ジャンルに比べて格段に必要だ。それはわかっているが、ギターをちょっとやってみようかな、と同じくらいの手軽さで演劇を始められたらどんなに素敵だろう。高校演劇の顧問をして、そこから飛び出して普通に街中で芝居を作り始めて十年が経つ。誰も頼ることなく始めたから随分痛い目にもあった。何とか続けていられるのは僥倖だ。私と同じ苦労をこれから演劇を始める人にはさせたくない。

例えばこんな人はどうか。子育てがひと段落して、ある日、ふっと演劇をしてみたくなった。でも、子どもはまだ小学生で時間にも制約がある。夫と共働きをしているが、そんなに経済的な余裕があるわけではない。第一、子どもができてからは家庭が中心で、芝居をやろうにも、いっしょにやってもらえるような仲間にも心当たりがない。近所のお母さん友だちや、パート先の同僚に言ったら笑われそうだ。夫にも反対されそうで言えない。それに住んでいるところは三河の田舎で、名古屋みたいに劇場が近くにあるわけではないし・・・でもちょっと、でもどうしても、演劇、やってみたい・・・。そういう人が気持ちを諦めずに済むような仕組みと場所が愛知県に会ったらどんなにいいだろう。金沢市民芸術村みたいな施設があり、盛岡市みたいに市民が普通に劇場に足を運ぶ雰囲気がある街なら、きっとこの若いお母さんも芝居をやりたいという思いを諦めずに済むと思うのだが。

生活と人生は異なる。良き生活。自分や家族が喰っていけるように生活を整えること、これはとても大切なこと。しかし、その上で良き人生。これも考えてゆきたい。貧しい生活だが良き人生。これは、ある。逆に、良い生活を送ったが、人生としては貧しかった。これもまたあり得る。あり得るが、ちょっと淋しい。

人生を豊かにするために演劇をやる人が増えるといいと切に願う。そのために何が必要かをみんなで考えたい。そしてそれをみんなの力で実現していきたい。(後略)」

この文章が新聞に載ったのがキッカケになって、それまで縁もゆかりもなかった一宮の地に、わずか8ヶ月弱で一宮スタジオが完成したのだ。

オープンから5年、この文章に記した「初心」を実現すべく、オレは努力してきたか。情けない話だが、自信を持って首肯することはできない。それでも何とかスタジオを維持できているのは、NPOの事務局長・K村の努力に依るところが大きい。

果たさなきゃならない宿題が誰にでもある。オレにとっては、この文章に書いた「初心」を形にすることが、大きな宿題のひとつだ。

今、オレは本腰を入れて、この宿題に取りかかろうと思っている。

「一宮ほんまち通りを演劇の街にする」