本質
今回は素直に書きましょう。K村さん、連絡が遅れてしまい申し訳ありません。刈谷東高校演劇部、地区大会を勝ち上がり、県大会に出場することになりました。嬉しい。とても嬉しい。これまで長く高校演劇の顧問をやってきました。本番の上演中に、僕があんなに涙を流したことはかつて一度もありませんでした。泣きながら僕は想っていました「こいつらよくここまで持ってったなあ」「がんばったなあ」と。そしてその想いの奥の、もっと芯に近いところで、「辛かった、本当に辛かった」と僕の心が叫んでいました、。
1週間前、僕は生徒に言い放ちました。「オマエらには上演許可を出さない。もう大会に出なくていい」。
K村さん。随分長い付き合いになりますが、僕がそんなことを言うの、聴いたことないですよね?オレは著作権者だ。オレの許可がなけりゃ上演はできないんだ。これ、ムチャクチャ正論なんですが、そんなことを大会1週間前に言い出すなんてあまりにも非道です。エラそうすぎます。そんなこと、僕は百も承知です。でも、そう言わざるを得ないくらい、1週間前の稽古で、僕は部員たちに腹を立てたのでした。
挨拶ができかったのです。返事が出来なかったのです。どれだけ言っても。
①稽古場にしている視聴覚に遅れて部員が入ってきます。もう稽古は始まっています。遅れた部員は「遅れてすみません」と言います。定刻に来てもう部活を始めている部員は、「こんにちは」とか「もうじき通しだから急いで」とか言います。②顧問の先生が時間を捻出して稽古場に足を運んでくれました。入って来た先生も、先に来ている部員たちも「こんにちは」「こんにちは」と挨拶を交わします。③大道具を運びます。ぶつかって怪我でもしたら大変です。「パネル運びます」と皆に聞こえる声で言います。言われた方は「はい」と返事をして、ちゃんと声が届いて了解したことを伝えます。
K村さん。僕もK村さんも随分長く芝居を作る現場に関わっているけれど、今僕が列挙した①②③なんて、演劇の現場では至極あたりまえの事ですよね。いいえ、人と人が場を共有して一緒に何かやるときには当たり前に為されている振る舞いだと僕は思うんです。それがウチの演劇部員は一切できないんです。返事が出来ない、挨拶ができない、声を出し合って情報のを共有することができない。
1週間前の火曜日のことです。女優の清水万鳳さんが稽古を観に来てくれました。僕は清水さんとはもう長い間、親しくさせてもらっていますが、部員にとっては、全然面識のない、わざわざ来てくれたお客様なのです。そのお客様に対しても挨拶ひとつ、部員はできなかったのです。清水さんは、「こんにちは~」と明るく言いながら稽古場に入ってきました。ても、誰も大きな声ではっきりと「こんにちは」と返さなかったのです。
ねえ、K村さん。清水さんは客人ですよ?クソ暑い中、わざわざ遠くから足を運んでくださったんですよ?それって、ムチャクチャ礼を失した振る舞いじゃないですか、部員たちは。で、僕はブチ切れたんです。僕は稽古を即中断して、生徒を集めました。そうして説教を始めました。「芝居以前のことがオマエらにはできてない。芝居以前のことが出来ないヤツに芝居をやらせるつもりはない。なんで挨拶しない?なんで返事をしない?なんだよ、今の清水さんに対する態度は?それとも何か?不登校だったヤツは挨拶返せなくてもいい特権階級なのか?」説教から始まって、喋っているうちに心が情けなさでワナワナと震えてきたのが自分でわかりました。僕は僕なりに心血注いで高校演劇に関わってきました。少しでもマシな芝居も作ろうと頑張ってきました。それなのに、部員がお客さんに挨拶ひとつ返せないとは!挨拶ひとつさせられないような指導をしてきてしまっていたとは!・・・生徒に対する怒りはもちろんありましたが、僕が本当に怒っていたのは、人としてできてしかるべきことを等閑視して、その事実を隠すように作品作りにばかり目を向けてきた自分自身に対してだったのかもしれません。
怒った僕を、あと2人いる顧問が必死になだめてくれました。でも、抜いた刀はそう簡単には鞘に収めることは出来ません。だって僕は本当に覚悟を決めて「上演許可を出さない」と言ったのですから。生徒が泣いて縋って「やらせてください」と懇願したなら、僕の頑なな心も氷解したかもしれない。でも、そこまで言われても、生徒はじっと化石化したように固まって、うんともすんとも言わないんです。もしかしたら、急に怒られてビビってしまい、思考停止したのかもしれないけれど、それでもひとりくらい「すみませんでした、やらせてください」と声を挙げる部員がいたってバチは当たらないと思うんです。でも誰ひとりなんにも言いませんでした。で、周りにいる大人の顧問2人がオロオロしている。これって、なんかムチャクチャむごたらしい光景だと、K村さん、思いませんか?さすがに清水さんは僕の扱いに慣れています。涼しい顔をして、その場の成り行きを見ていましたが。
結局、僕は言いました、部員一同、顧問2人、そしてわざわざ陣中見舞いに来てくれた清水さんを前にして。「顧問が懇願するからオマエらにもう1回チャンスをやるよ。挨拶しろ、反応しろ、人を人と思って対応しろ。いいか、今この瞬間から後、ここにいるたった1人でもそれができなかったら、仮に上演1日前でも、上演当日でもオレは上演許可を破り捨てて、オマエらに上演をさせねえからな。オレの芝居をやりたけりゃあ、稽古以前の部分をまずはできるようにしろ。できることを全員が行動で示せ。役者だ、スタッフだという前に、人間になるために大事なことがあるだろうが!・・・返事は!?」「・・・(ボソッと小さな声で)はい」「あのさあ、オマエら、オレの話聞いてたのか?それが、オレの怒りに対するオマエたちの答か!オマエたちがこの作品をやりたいって気持ちはその程度なのか!・・・返事は!?」「(爆発したような大きな声で)はいッ!!」・・・これが上演1週間前の部活の様子なんです。その日からみんな見違えるような大きな声を出して挨拶して、反応して、稽古をして、大道具を作り直して、日々コロコロ変わる演出に必死でつい来て、そしてやっとのことで迎えた本番だったのです。
正直キツかったです、この1週間。K村さん、本質に近いことほど、向き合うのは難しいですよね?挨拶しない、反応しないっていうのは、部員たちの本質だったのではないかと今になって思います。そこに人がいるのにいないように振る舞う、外部に対して他者に対して、あたかもそこに誰もいないような距離で接する。そうやって自分の脆弱な自我を守る。それが刈谷東高校演劇部員の本質だったのではないかと思うのです。そんなんじゃあ芝居、できるはず、ありませんよね?だって、芝居って人と人のぶつかり合いを描くものなのですから。ぶつかって影響を受けて変わっていく様を描く、それがドラマなのですから。はしなくも部員たちは、上演1週間前にようやっと芝居の入り口に立てたのかもしれませんね。清水さんの来訪をキッカケにして。清水さんには感謝です。そういえば、その日の稽古の終わりに、清水さんは丁寧に結構長い時間を掛けて、部員たちに話をしてくれていました。少し離れた場所から様子を見ていたので、話の内容はわかりませんでしたが、部員たちは泣いていました。ちゃんとフォローまでしてくれる。さすがだなあ、ありがたいなあと思いました。
やっとのことで本当のドラマが演じる準備が刈谷東の演劇部も出来、そしてつかみ取った県大会です。K村さん、時間が許せば是非会場に足を運んでください。本当の、人が変わるドラマをお見せできる筈です。
演目は「手紙」です。この作品は、旧作ですが、高校演劇に対するファイナルアンサーだと思って書いた作品です。その考えは、いささかも揺らいではおりません。これが、この作品が、私の考える高校演劇なのです。
しかし、上演の1週間前に、自分で計ったわけでもないのに、ドラマを演じるための本質を考える出来事が起きるなんて、僕はやっぱり演劇の神様に愛されているんだなあ、とちょっと落ち着いた今となっては感じています。こんなふうに回顧できるのも勝てたおかげです。関係するすべての人たち(部員たち、2人の顧問、そして清水さん)に感謝します。本当によく、この1週間は頑張ったよな。さ、8月8日の県大会までもう一踏ん張りいっしょに頑張りましょう。

