初心忘るべからず

EQスクールが振るわない。グチを言うと「潰れている劇場もいっぱいあるんだから、何をぜいたくな」と慰められた。

2020年の年末、オレはひとりで名古屋中の演劇の小屋を巡っていた。コロナのせいで、やることがなくなったからだ。公演は打てなくなった。県をまたいだ移動が禁じらたせいで、営々と関係を築いてきた県外のWS先もすべてキャンセルになった。

暇だったんだろう、訪ねたどの小屋も親切にいろいろと教えてくれた。劇団を作った当時の思い、現在の苦境、小屋を持つことの意義と維持することの大変さ・・・。

オレはそこで得た知見を元に、年明けの2021年1月の中日新聞に寄稿記事を書いた。

もっと気軽に立ち寄れる街の劇場が愛知県にもあったらいいな。そんな内容だった。

その記事を見て手を挙げてくれたのが、一宮ほんまち商店街だったのだ。

同年9月、CAワークス一宮スタジオは、一宮市ほんまち3丁目にオープンした。オープニングセレモニーまでやった。

同じ年の8月に母親が死んだ。起き上がれなくなった母親が横になったままでも見えるようにと、スタジオオープンの先出しチラシを、母親のベッドの真上の天井にオレは貼り付けておいた。目を開けば、イヤでも母親の目にスタジオのチラシが飛び込んでくる。母親にはひと目なりともスタジの実物を見てほしかった。少なくとも完成するまでは生きていてほしかった。そうして褒めてほしかった。

あのオープンの日から、今年で6年になる。なんとか踏ん張ってスタジオを維持している。事務局長のK村の努力に負うところが大である。

一方で、2020年の冬、分厚いコートを着込んで訪ね歩いた小屋のいくつかは、もうなくなってしまっている。どこの小屋をまわったらいいか教えを乞うた、劇団希求の薫田さんも鬼籍に入られた。

こんなことをつらつら考えたのは、うりんこ劇場が閉鎖したというニュースを目にしたからだ。劇団うりんこと言えば、かつては名古屋の小学生なら必ず学校公演で一度は観たことがあるであろう、名古屋では有名な劇団なのだ。あのうりんこが劇場閉鎖の憂き目に遭うとは!外部の者の窺い知れぬ事情はきっとあるのだろうが、オレは単純にショックだった。あのうりんこ劇場が・・・という感じだ。ナビロフトがなくなった時と同じような衝撃を受けた。

この頃、自分の学校の芝居を懸命に作っているせいかもしれないが、またぞろ芝居を作りたくなってきた。いや違うな。そんな、作りたいとか作りたくないとかいう気分の問題じゃない。一宮スタジオは、客席数が20ほどしかない小さなスタジオだが、少なくとも2020年の冬に愛知県中の劇団に足を運んで、こんな小屋を作りたいと真剣に願って作った劇場なのだ。オレは芝居を作るために、WSをやるために、芸術で人生を豊かにする人の輪を作るために、そして結果として、声を掛けてくれた本町商店街に芝居で人のにぎわいを生み出すために、スタジオを作ったのだ。

人生には叶えなきゃいけない宿題がきっとある。オレにとっての宿題の1つは、2021年1月の中日新聞に書いたような場所に、一宮スタジオを仕立て上げることだ。初心忘るべからず。グチを言ってる場合ではない。

ま、維持できてるから取りあえずいいかなんて思いはじめたら、オレは新聞にウソを書いたことになっちまう。

オレはろくでもねえ人間だけど、ウソつきにはなりたくないな。