疲れ

こんにちは。リジチョーです。

突然ですが、みなさんはお疲れですか?

僕はずっと「疲れる」というのがどんな感じかわかりませんでした。学生の頃は、ずっと運動部に入っていました。毎日毎日授業後は練習でした。大学を出て就職してフルタイムで働いて、働く傍ら組合の役員やって、部活の顧問やって、演劇連盟の役員もやって、NPOの理事長までやって・・・土日が続けて休みの日なんて全然ありませんでした。それでも疲れるというのがどんな感じか、ずっと実感できないでいました。

「疲れる」という感じを初めて実感したのは、50を越えた頃でした。体の芯がズンと重い感じ。ぐっすり眠った翌朝でも、前の日のズンという重みがまだ残っている感じ。ああ、これが「疲れる」ってことか。初めて実感しました。

50までは毎年1本、新しい台本を書くことを自分に課していました。「笑ってよ ゲロ子ちゃん」という台本で全国大会に出場したのがちょうど50でした。刈谷東高校に転勤して10年。10年で3度、定時制高校を全国大会に連れて行ったことになります。全国大会は岩手県北上市でした。

その年を境にして毎年1本新しい台本を書くことを、僕は止めてしまいました。書かない理由はたくさんありました。NPOの活動で高校演劇以外の場所で芝居を作り始めたから。演劇表現やリベラルアーツ国語の授業で全国の学校や企業を回ることが増えたから。でも、本当はもっと単純な理由だったのではないかと今は思っています。ちょうど50になったあの頃から、僕は「疲れる」ようになったのです。だから台本を書くことまで、手が回らなくなったのです。

一旦からだが知ってしまった「疲れる」という感覚は、もうなかったことにはできません。それどころか、「疲れ」は年々からだの奥深くに巣喰ううようになっています。今では「疲れ」を覚えぬ日のほうが珍しいくらいです。これが「老い」というものなのでしょう。

しかし、真に怖ろしいのは、からだの「疲れ」が精神にまで影響してしまうことです。精神まで「疲れ」が常態化してしまうことです。そうやって人は身も心も「老い」を受け入れていくのでしょう。

こんなことを考えていたら、昨日、岡本太郎の、こんな文章を見つけました。天啓だと思いました。引用します。「生きるというのは人生に挑むことだ。そして「挑み」をやめてしまった、その瞬間から老人になるのだ。生ー死、挑戦ー諦め、私はそれが人間生命の根源的な対極だと思う。諦めてオリてしまった以後は、ただ肉体が惰性的にあるというだけで、本当に生きているとは言えない」(「爆発する命」初出1972年9/22号「朝日ジャーナル」)

読んで、まだ「老いる」のはやめようと、僕は決意したのでした。ええ、そうですとも。丸くなってたまるもんですか。物わかりの良い「ジジイ」になってたまるもんですか。

ここで尖った一曲を。RCサクセションで「トランジスタ・ラジオ」。