芝居は会場みんなで創るもの
10月25日の朝、これを書いている。昨日から一宮スタジオで「手紙」を公演している。ビラまき、中日新聞の記事のおかげで公演1週間前には全席満席になっていたので、制作のK村の機嫌も良い。めでたいことだ。昨日2公演やった。2公演とも出来は良かった。特に2公演目は良かった。1公演目と2公演目、何が違ったか。役者がこなれてきたというのはある。が、一番違ったのは、お客の反応だ。2公演目のお客さんはすごく良かった。ビビッドに反応してくれた。一番後ろでオレは観ていたが、反応が明らかに違った。2公演目のお客はからだを揺すったり、頭を動かしたり、すすり泣く声があちこちから聞こえてきたり・・・。改めて思ったんだが、芝居は役者と観客が一緒に創るものなのだ。お行儀良く、微動だにせず、無表情で観られたら、そりゃあ役者もシンドいて。オレは「箸を挟んで立ち上がる」ってレッスンをやるときに、「試しに壁相手にやってみな」とよく言う。壁相手だと上手く回れないんだ、絶対に。なんでか?壁は合わせて動いてくれないからだ。箸のレッスンがうまくできるためには、相手の動きに合わせてお互いが微調整して反応しなきゃいけないのだ。芝居も同じなんだな。役者の芝居に合わせてお客が反応する。お客の反応に鼓舞されて役者の芝居がどんどん上がってゆく。芝居は会場全体で作るもんだ。それが舞台芸術の醍醐味で、本質なんだと昨日改めて気づかされた。わかりきったようなことをつらつらと書き連ねたが、そうしたくなるほど、1回目と2回目の差は顕著だった。面白いものを経験させてもらった。旧知の人がたくさん来てくれた。取り立てて「来てきて」と声かけをしたわけでもないのに。こういうのは嬉しいし、ありがたい。お初の人も何人もいた。これもありがたい。刈谷東を30年前に卒業して、一宮に住んでいますという女性の方も来てくれた。2公演目が終わってから話しかけてくれた。ありがたい。こういう出会いもとても嬉しい。現場に身を置いて、からだを動かしていると、家に籠もって1人でつらつら妄想しているのでは得られない「出会い」がやってくる。やった甲斐ってもんだ。さあ、あと1公演だ。K村に訊いたら、体調不良で1枚、キャンセルの連絡が入ったそうだ。1席だけだが残席がある。これを読んで、観るという行為を通して現場でいっしょに芝居を創る経験をしてみたいと思った方がいれば、14時に一宮スタジオに来てほしい。

