定時制の卒業式
2/27(金)は卒業式だった。オレが学年主任として迎える卒業式は、たぶん今回で最後だろう。何周りも学年主任をやってきたが、卒業式だけは手を付けないままで過ごしてしまった。最後に一度だけ、卒業式に手を入れてみたくなった。「全日制と違う、定時制の卒業式」を作りたくなった。
学年末考査が終わってから卒業式までの記録を書き記しておく。記録にも残さず、記憶も薄れ、忘れ去られてしまうには惜しい出来映えの卒業式だったからだ。
「全日制と違う、定時制の卒業式」を形にするために、オレが例年と変えたのは次の4つの点だ。
①校歌を卒業生と4卒の生徒だけで3番まで歌う(去年は1番だけ、参列者全員で歌った)。
②校歌の時だけ席を移動して、歌いたい人と歌う(座席の移動が途中で入る卒業式など見たことがない)
③細かな点も含めて学年のやりたいようにやる(担当分掌が原案を出し、学年がそれに従うのが例年の動き方)。
④答辞をしっかり指導する(生徒に過去の答辞を見せて、参考にして書いて来させて、ほぼ手を入れないのが例年のやり方。もちろん、読み方の指導や多少の添削はするが)。
他にも細かいところでは、式次第と校歌の歌詞をプロジェクターで映すだの、4年卒業の生徒を卒業生と並べて座らせるだの、入場・退場の音楽を学年が用意するだの、いろいろとやった。
【卒業式までの準備日誌】
1/20(火)学年末考査終了
1/22(木)特別時間割の後に答辞指導
1/23(金)特別時間割の後に答辞指導
1/27(火)特別時間割の後に答辞指導
1/29(木)時間数補充と並行して答辞指導
2/ 3(火)生徒家庭学習期間中につき、午前中に答辞指導
2/ 5(木)生徒家庭学習期間中につき、午前中に答辞指導
2/ 9(月)生徒家庭学習期間中につき、9時から答辞指導を予定するも、答辞の生徒から体調不良で学校に行けないと連絡入る。担任と2人で答辞の生徒の家に家庭訪問に行く。「明日からは体調を整えて練習します」と答辞の生徒は言った。が、どうしてもオレの不安は拭えない。答辞の生徒がビビって逃げたときに備えて、代役の生徒を決め、「答辞の生徒がリタイアしたらオマエに答辞をやってもらう。いいな?」と電話をかけて了解を取り付けた。
2/10(火)13時から答辞指導。生徒が時間通りに来てホッとする。しかし、どうしても心の底からは安心できない。本番の前日でも「やっぱりやめます」と逃げるのがウチの学校の生徒だ。演劇部で何度もそんな目に遭ってきた。答辞の生徒を信用していないわけでは決してないが、生徒がいつ逃げ出すかわからない、というトラウマをオレは抱えているようだ。
2/17(火)午前中、答辞指導。午後から卒業生だけ出校させた。校歌の練習と、卒業式に向けての身だしなみのチェック。座席を移動して歌うことが決まったと伝える。実際に席を移動して歌ってみた。全くスゥイングしていない。暗い。固い。空気が重い。移動して歌いたいと言ったのは生徒たちなのに、この体たらくはどういうことだ?危機感が募った。
同窓会長、私人として来校。校歌の指導もしてくれた。なかなか出来ることではない。感謝だ。
2/18(水)朝の学年打ち合わせで、昨日の歌の練習の反省会をする。先生たちは「良かったから席の移動をして歌わせたい」と口を揃えて言った。全員に感想を言ってもらった後、オレは自分の感想を言った。「オレはショボいと思ったよ。生徒が7:3で席を移動して歌いたいと言ったから、オレは無理矢理会議を通した。でもあんなにショボいなら、移動するのやめて例年通り自分の席で歌った方がいいんじゃねえかとオレは思ったよ。例年と違うことをやって、結果ショボいもんしか出来ませんでしたなんてことになりゃあ、オレは恥ずかしくって顔が上げられないからね。負けるとわかってる戦いは、オレはしない。先生たちの気持ちはよおくわかった。昨日のあの歌い方が素晴らしいと思ったわけだよね?じゃあ、あとは答辞を読む生徒の担任と音楽の先生と相談して、移動して歌うかそれとも移動止めとくか決めさせてもらうってことでいいかな?」。
学年会が終わった後、2人の先生と相談する。音楽の先生は「席を移動して歌わせたいです。でも、なんか雰囲気が冷えてるんですよねえ」と言った。答辞の生徒の担任の先生も「席を移動して歌わせたいです」と言った。オレは2人に言った。「ずっといっしょに答辞の指導もやってきた2人がそう言うなら、席の移動はやろう。でも今のままじゃやれない。今のままじゃショボすぎる。やるのはいいけど、何かカンフル剤を打たないと。何か良い考えある?」2人は黙ってしまった。オレは言った。「じゃあ、あとはオレが好きにやらせてもらうわ。だってしゃあねえじゃん?いい知恵も、打開策もなんもないんだから。でもな、もし万が一ショボい歌になったら、あんたら2人、オレと一緒に頭丸めて他の先生に詫びてもらうからな」オレが冗談で言ってると思ったのか、2人はおかしそうに笑った。バカ言っちゃイケねえ。オレは冗談が大っ嫌いなんだよ。あんたら2人、ほんとにつるっつるに丸めてもらうからな。もちろん、そんときゃあオレも坊主にするけどね。
帰宅後、同窓会長と電話。電話で話すうちに考えがまとまった。少しだけ、現状を打開するための光明が見えた。
2/20(金)午後答辞指導。上手くなりすぎるなと注意する。
2/24(火)胃が重い。学校を抜けて胃薬を買いに行く。明日から3日間が勝負だ。生徒に話す内容を考るのがやめられない。12時過ぎてもうまく寝付けない。眠っても眠りが浅いのか、2時間おきに目が覚めてしまう。
2/25(水)11:00から同窓会入会式。卒業生だけ登校。式の1時間前に登校させて、他の教員をすべてシャットアウトして、オレひとりで100名の卒業生に話をした。時間は15分ほどか。ここが勝負所だった。
話した内容は以下の6点だった。
①校歌は席を移動して歌うことに決めた。オレといっしょに「定時制の卒業式」を作ってくれ。
②自分から「やろやろ!」と声を発して、いっしょに歌いたい相手を誘いに行け。ギャーギャーうるさくなっても全然構わない。いや、むしろ、ギャーギャーになってくれ。自分から声を発して人を誘いに行けるようになったことが、高校生活におけるオマエらの成長なんだから。先生でも、親でもいい。遠慮せずに「やろやろ!」と声をかけて、いっしょに歌え。
③座席なんかぐちゃぐちゃになっても構わない。どうせ校歌は式の最後なんだから、校歌が終わったら、適当に整えておけばそれで十分だ。
④このメンバーで校歌を歌うことは、もう2度とない。今仲良くしていても、卒業したら2度と会わない友だちだって、きっといる。卒業式の校歌は、ラストソングなんだよ。
⑤歌のターンになったら、オレは典礼の先生からマイクをひったくる。で、リベ国の授業みたいにオマエらに話しかける。「さ、やろやろって声かけに行け!」って。典礼の先生が式次第に沿って、かしこまって「席を移動してください」と言っても動くな。オレがマイクをひったくって、しゃべるから、そしたら動け。一斉にギャーギャーになって動け。
⑥「バイバイありがと」って気持ちで歌え。それを形にしてくれれば何やったっていい。肩を組んでもいい。手を繋いでもいい。泣いたっていい。絶叫したっていい。拳を突き上げたっていい。「バイバイありがと」って気持ちがぐわーっと盛り上がるような歌い方を一人一人が形にしろ。
その後、学年の先生たちを呼んできて、1回だけ校歌を歌ってみた。「やろやろ!」って」と声を出しながら移動して、そして3番まで歌った。卒業生たちは、からだを揺すって、肩を組んで歌っていた。全体から受け取る印象が随分変わった。もしかしたらイケるかも、と初めてこの時、手応えを感じた。歌っている様子を見ながらオレは〝次の一手〟も思いついた。
同窓会入会式の中で、同窓会長が45分もかけて、話と歌の練習をしてくれた。ありがたいことだ。話が長すぎたのは良くなかったが、それでもありがたいことだ。ボーッと見ているだけの先生より1000倍、ありがたい。
入会式後、答辞練習。
食欲が湧かない。夜は2時間おきに目が覚める。
2/26(木)朝から順次、〝次の一手〟をオレ一人で仕込む。午前中卒業式の予行と表彰式、
表彰式が終わった後、4卒生徒だけ体育館に残して、10分くらいかけて、昨日卒業生にしたのと同じ内容の話をする。
予行の後、3,4学年全員で初めて式場で移動して歌う練習をする。
同窓会長が私人として来校してくれた。ありがたい。歌の指導をしてもらう時間は取れないよ、と前日の夜連絡したのに、それでも来てくれた。その気持ちが嬉しい。ありがたい。
他の生徒が帰った後、答辞練習を体育館でやる。練習している最中に舞台の照明が暗いことに気づき、演劇部の顧問と上下のソデに照明を追加。随分明るくなった。
この日も夜2時間おきに目が覚める。胃が重い。
2/27(金)卒業式。「定時制の卒業式をみせてやるよ」と職員打ち合わせの学年主任挨拶でぶち上げる。これでショボかったら笑い者だ。朝日新聞取材。東京本社の記者だ。わざわざ始発の新幹線に乗ってきてくれた。ありがたい。
毎年身だしなみが不備の者がいるのだが、今年は一人もおらず。
式は予定通り10時にスタート。
答辞。式に参列した人みんなが泣いた。生徒も親も先生も、みんな泣いていた。もちろん、答辞を読んだ生徒も泣いていた。でも、泣き崩れないで最後まで気丈に読み切った。涙がさざ波のように会場中に広がってゆくのをオレは席から立ち上がってずっと眺めていた。
校歌。「さ、行こうか」とオレは典礼からマイクをひったくって喋った。答辞を読んだ生徒のパフォーマンスからバトンを受け取った気分で、ビビらずにリベ国の授業のように喋れた。「やろやろ!」みんなギャーギャーになってラストソングをいっしょに歌いたい相手に声をかけにいけた。〝次の一手〟が機能したのは嬉しかった。
教員も生徒の席に入って、いっしょになって泣きながら校歌を3番まで大声で歌っていた。典礼も呼ばれて典礼の仕事を放っぽり出して生徒と一緒に歌った。ピアノを担当する音楽の先生も「やろやろ!」と生徒に呼ばれて、ピアノを放棄して生徒の席に移動して歌っていた。ピアノは同窓会長が代わりに弾いてくれた。今日に限っては、同窓会長にどれだけ感謝してもしたりない。
退場時。オレは全員の生徒と握手した。みんな泣きながら、でも胸を張って退場した。60分の式が90分かかった。構わない。これが定時制の卒業式だ。
式が終わった後、朝日取材を答辞の生徒、答辞の生徒の担任、同窓会長と受けた。
朝日新聞記者を刈谷駅まで送り、同窓会長に駅前の喫茶店でコーヒーをおごってお礼を言った。
17時05分、長かった卒業式の一日が終わった。
定時制の卒業式を作れたという自負と手応えをオレは、これを書いている今も感じている。
オレたち3人は頭を丸めずに済んだ。
2/28(土)虚脱状態。どれだけでも眠れる。脂っこいものが食べたくなる。食べても胃が重くならない。

