世界の果てまで連れてって

母親のことを書きたいんだけど、うまくまとまらないんだな。あれかね、まだ、うまく整理ができないのかね。でももう2年だよ、死んでから。そろそろ整理できないと。

そういえば、母親が寝たきりだった1年半の間、介護士さんが毎日つけていた引継ぎ帳みたいなノートがあるんだけど、おれ、それもらったんだ、記念にと思って。でも、まだ見れない。そうだよ、2年経ってもだよ。あの引継ぎ帳を見る勇気が出たら、ちょっと対象化して母親のこと書けるようになるかもね。

興味はあるんだよね、母親のこと。書かなきゃとも思っている。だって、恥ずかしいけど、おれ、母親そっくりだもん。なにがって、欲しいと思ったらどんな手を使ってでもそれを手に入れるところがだよ。

母親はひどかったもんね。欲しいと思うと何してでも手に入れる。人を出し抜いても手に入れる。借金してでも手に入れる。で、手に入れるとすぐに飽きちゃう。母親が死んだ後、カードローンの会社にものすごい額の借金があるのがわかって、おれは腰を抜かしたよ。タンスの中には毛皮のコートがびっしりだったし、冷凍庫の中にはいつ買ったわからない高級お取り寄せが溢れかえっていたし。健康グッズも各種取り揃えて家中にあったし。ああいうの買ったかな。あ、それから、先生、先生、って呼んで貰うと嬉しかったみたいで、呼んでくれる人には金も随分ばらまいてたみたい。「はい、お小遣い」なんて言いながらさ。母親は高校の体育の先生だったんだよ。やだね、先生って。そうなっちゃうのかねえ。

そういえば、「いくらでもお金を用立ててくれる人見つけたから」なんて言ってたなあ。あれ、カードローン会社のことだったのか。

おれも母親ほどじゃあないけど、欲が深いよ。欲しいものは欲しい。全力を尽くす。

「役なんてなあ、自分の手ぇ汚して、自力でかっさらってくるもんだよ、おまえら、待ってりゃ誰かが与えてくれる、取ってきてくれると思ってんだろ、甘いんだよ!」なんて役者にも昔はよく言ってたもんだよ。

ほんと強欲で、怒りんぼで、わがままで、ウソつきで、母親はろくなもんじゃなかった。

でも、その分、エネルギーはいっぱいあったな。毛穴から生きるエネルギーっていうのかな、パッションっていうのかな、そんなもんがにじみ出てたもん。エネルギーに善悪はないからね。量があるだけ。方向はない。だから怖ろしい。だから面白い。

おれもそう。エネルギーに振り回されてる。こんなトシになってもだよ。だからね、母親のこと、書いてみたいのよ。母親のことを書くってことは、イコール自分のことを書くってことだからね。特に晩年のことには興味がある。あれだけタプタプにエネルギーがあって、動くのが好きだった人が、寝たきりになって1年半だよ。アタマはボケてなかったから、どんな気分だったんだろうってね。

そういやあ、「もう死にたい」って寝たきりになってからよく口走ってたな、でも舌の根も乾かないうちに、付き合ってたおじいさんに電話かけるんだってはしゃいでたけどね。え、そうだよ、88の寝たきりなってからでも母親には彼氏がいたんだよ。人間ってすごいよね。エネルギーってすごい。欲望ってすごい。

でも、まだ駄目だろうな。まだ、甘ったるいものしか書けない気がする。坂口安吾が物書きの目を「鬼の目」って書いてた気がする。思い違いかもしれないけど。「鬼の目」、おれ、まだ持てないよ、母親に関しては。まだまだいろんな感情がおれのなかにいっぱいあってね、冷徹になれない。もう少し。もう少し時間がかかるかな。