はじめて演劇部顧問になった頃のこと

中学校から大学まで、体育会系の運動部でやってきた。文科系の部活動なんてピンとこなかった。転勤で演劇部の顧問に初めてなった。26歳の時だ。転勤した学校は実業高校で、部活よりも実習の方が大事という感じだった。オレが顧問になったとき、部員は一人もいなかった。オレは名ばかりの顧問で、地区の顧問会議にも一遍も参加しなかった。それを悪いとも疚しいとも思わなかった。

ある日、一人の女子生徒がやってきて、「演劇部に入りたいです」と言った。「部員なんていないよ、おまえ一人でやるのか」「はい。友だち誘って入れます」「実習はいいのか」「毎日あるわけじゃないし、当番の日は終わってから部活行きます」この台本がやりたいんです。女子生徒はコピーした台本を差し出した。「演劇の経験あるのか」「ないです。だから先生に演出してほしいんです」「・・・」「ダメなんですか。先生、演劇部の顧問の先生ですよね」女子生徒は一歩も引かなかった。教員っていうのはね、お目出たい種族なんだよ。目の前で生徒に熱意を見せられると、「うん」と言ってしまう種族なんだ。オレは、28ですでに教員だったようだ。オレは言ってしまった。「オマエが一遍でもさぼったら、部活、中止にするから。それでもやりたいか」「はい!」女子生徒は躊躇なく返事をした。

こんな経緯でオレは演劇をはじめた。演出してくれというので、何をするのかわからなかったが、台本を目に見える形にすることだろう、くらいの理解でとりあえずやってみた。女子生徒は友だちを数人連れてきた。やってみると演劇は面白かった。毎日新しい発見があった。授業後、延々と学校に残って芝居を作った。部活が終わる時間が10時すぎることなんてザラにあった。誰に強制されたわけでもない。仕事だからでもない。ただひたすら芝居を作ることが面白かったから、オレも部員たちも時を忘れて芝居を作り続けた。それだけやっていても、部員からも、部員の保護者からも文句を言われた記憶はまったくない。

大会に出た。愛知の高校演劇部は、生徒実行委員会方式といって、大会の運営も生徒が主体となって行なう。根が体育会系のオレは、そんな世界があるなど露知らず、自分の学校の上演が終わったら、さっさと帰ってしまった。上演翌日、審査があるから来いと他校の先生から電話がかかってきた。審査ってなんだよと訝しく思いながら、自分たちの作った芝居がどんなふうに人に観られたのか、やっぱり興味があったので、大会の終り際に顧問控室に行ってみると、ウチの学校のつくった芝居が地区の代表になったので、県大会に出ろと言われた。地区の代表?県大会?さっぱりわからなかった。初出場だから、記念に出ろということか?それともなんかのローテーションでたまたまウチの学校がその巡りになっているのか?さっぱりわからんまま、行けと言われたから「はい。行きます」と返事をして、オレは初めて作った芝居で、県大会に出場することになった。その年の県大会は半田市だったと記憶している。上演していい、と言われた時間に生徒と行って、上演して、そのまま帰ってきた。舞台下見も、リハーサルも、結果発表も参加していない。そういうものがあることも知らなかったのだ。出場校用の書類はもちろん配られたと思うが、上演日だけ確認して、あとはロクに読まなかったんだろう。

と、ここまで書いてきて、なんていい加減な顧問だ、と我ながら思った。が、初めて顧問になった人間なんて、あの頃のオレと似たり寄ったりのモチベーションと知識しか持ち合わせてないんじゃないかとも改めて思った。わからないことがあっても誰に訊いていいかわからない。そもそも何がわからないか、それすらわからない。ましてやオレみたいに人見知りが激しくて、人に頭を下げられない、人と仲良くなれない性格の人間は、顧問会議すら何だか敷居が高くて出たくない。中学校で演劇部がある学校も稀だし、田舎では芝居を観る機会すらない。演劇は、決してポピュラーなジャンルではないのだ。演劇に係わったことのない教員からすれば、演劇部はなんだか専門性が高くて、敷居が高い集団に見えるのではないか。演劇部の顧問の成り手がないのは、大会の拘束時間が長いとか働き方改革とか、そんな上等なことじゃない。オレがオレの経験から言えるのは、なんだか演劇部ってマニアックな、オタクの集団に見えてるってこと。仲間内だけでほちゃほちゃやって喜んでる、得体のしれない集団に見えてるってことだ。

本当はそうじゃないんだけどな。本当の演劇の部活動ってそんなんじゃないんだけどなと、長くやってきた今のオレならわかる。でも、それをはじめて演劇部の顧問になった人間にわかれっていうのは無理な話だろう。それなら、とオレは思う。今顧問をやっていて、今後の演劇の部活動の存続について憂慮している人間は、せめて自覚を持った方がいい。演劇部が世間からどう見られているか。どんなイメージが演劇というものにべったりと張り付いているか。そして考えた方がいい。なんでそんな雰囲気を出す集団になってしまったのか。本当の演劇部の良さはどんなもので、どうやったらそれを世間に伝えるできるのか。オレはね、そこらあたりの思いもあって、一宮スタジオで、経験・年齢不問の「一宮スタジオ演劇部」をやることにしたんだよ。