自分のこと⑤

大学生はバブル真っ盛りの時代だった。オレが上京して住んだ学生寮は、世間の浮かれ具合とは裏腹な、ジメジメとした場所だった。

一人の先輩は、せっかく東大に入ったのに、まったく学校に通えず一日中寮で寝ていた。別の先輩は大学7年生で、酔うと顔色が真っ白になって目が据わり、酒乱と評判だった。日中でも遮光カーテンが閉められた部屋は漆黒の闇で、汗や垢やインスタント食品やらの混じった匂いがいつもしていた。部屋の壁はすべて哲学書で埋め尽くされていた。1、2年生は2段ベッドの据え付けられた2人部屋で、プライバシーなどまったくなかった。同じ部屋のヤツに『オナニーするからちょっと出てってくれ』と言われたことがあった。食堂のメシは脂っこくて量が多く、でも完食しないと許されなかった。食べ残すと食堂のおっさんが、包丁持って追いかけて来るから絶対残すなと入寮説明会で先輩は言った。1年生はみんな先輩の言葉を真に受けて、吐きながら食べきった。新歓コンパが始まる前、1年生全員で寮の庭に穴を掘れと命じられた。なんのための穴か教えてくれなかったが、とにかく深く深く掘るんだと先輩は言った(新歓コンパが始まってみれば穴の用途はすぐにわかった。あの日、18のオレは生まれてはじめて意識がなくなるまで酒を飲まされた)。テレビを部屋に持っているヤツは稀で、土曜の夜になるとテレビのある部屋に集まり、カップ焼きそばを喰いながら、女子大生がはしゃいでる深夜番組をみんなで朝まで観ていた。寮の中では大きな顔をして1年生に説教を垂れる先輩が飲みに連れてってくれるのは決まって駅前商店街の居酒屋で、渋谷や六本木へ連れて行っていってくれたことなど一度もなかった。4年生から1年生まで何人の男子大学生が住んでいたのか、今となってははっきりしない。みんなひどく貧しくて、内気で、そしてなんだか惨めな感じだった。

地下鉄でほんの数駅行けば、バブル真っ盛りの光景に身を置けるというのにどうして行こうとしないのか。朝まで女子大生がはしゃぎまくっている番組をアホ面さげて毎週毎週観ているくらいなら、どうして街角に立って声を掛けないのか。18のオレは、寮に住んでいる人間のいじましさが、イヤでイヤでたまらなかった。

いつの世も時代の波に乗れるヤツとそうじゃないヤツがいる。あこがれてもできないヤツもいる。あこがれる前に諦めてしまうヤツもいる。世代論ってうさんくせえなあと思ってしまうのは、あの時代にあの寮に住んでいた経験からだ。

オレは1年間寮で暮らして、2年生のとき夜逃げした。夜中にバイクに乗って、家財道具もなんもかんも全部置きっぱなしで。罰当番が1年分溜まっちゃったんだ。え?なんで一年分も溜まったのかって?そりゃあちょっとここには書けんなあ。あの寮に住んでいた人たちの一番癇に障ることをやったんだよ、19ののオレは。