業の深さ
オレの母親は、肉の脂身が大好きだった。
70過ぎてもおじさんをたぶらかし、土地や別荘を手に入れた。
消費者金融で金を借りては、高い食いもんやブランド物を買いあさっていた。欲しいと思ったものは、どんな手段を使っても手に入れた。
からだも丈夫だった。死んで焼いたときにわかったのだが、母親の骨は異常に太かった。
そして、母親は一人っ子のオレを溺愛していた。
大学受験の折、母親は泣いてオレに懇願した。「名大でいいじゃん。ね、名大にしといて」
オレは母親の言葉を無視して、県外の大学ばかり受験して、結局、東京の大学に入った。
このまま実家で暮らしていたら、母親の、化け物のようなエネルギーに飲み込まれてしまう!18才のオレは、母親が怖かった。ものすごく怖かったのだ。
母親は88で死んだ。死んで、今年の8月で4年になる。
母親とおなじものー化け物のようなエネルギーーが、オレ自身の中にもあることを、このごろとみに実感する。
「欲しいものは、どんなことしても手に入れるな、おまえは」
オレがろくでもないことをしたとき、父親に言われたことを思い出す。オレが30過ぎの頃のことだ。
「怖いよ」父親は、そのときボソッと付け加えた。
母親と違って、父親は格好付けだったが、バランスの取れた人だった。
エネルギーに正邪はない。エネルギーとは無法なものだ。業の深さとは、エネルギー量の別名だとオレは思っている。
業の深い人間は地獄に堕ちる。オレね、このごろ、もうひとり、オレ以上に業の深い人間と出会ったんだ。
ありがたいね、仲間を見つけると。これで、安心して、オレも地獄に堕ちれるってもんだ。