春はキライ
急に暖かくなって、春めいてきた。春は良くない季節で、オレは全く好きではない。街へ出ると、ところどころにサクラの花が咲いていて、いや、街どころか学校にもお決まりのようにサクラの木があって、道行く人が写真を撮っていたりする。ああ、いやだいやだ。花見の宴会のバカ騒ぎも、たとえばオレの出身地の岡崎の、岡崎城のサクラの季節のライトアップも、オレはいやでしかたない。なに浮かれていやがるんだと思う。
春になるとオレは、大学をギリで卒業した時の、焦った気分を思い出してしまうのだ。
オレは遊び呆けていたせいで、4年生から6年生までの3年間を1単位でも落としたら7年生になってしまうという、後のない状態で過ごした。オレは狡っ辛いから試験だけはできる。6年生の時には次の進路がきちんと決まった状態になっていたから、これで1単位でも落とした日には、せっかく内定をとった次の行き先も全部オジャンになってしまうというプレッシャーがあって、それはそれはきつかった。いまでも、40年も経った今でも、実は大学を卒業してなかった夢とか、あと1単位取れなくて7年生になるのが決まってしまった夢とか見る。つい最近も見た。気候が暖かくなって、春めいてくると必ずあの40年前の追いつめられた気分を思い出す。だから、春はきらいなのだ。
大学の卒業式もオレは出ていない。オレの通っていた大学は「中退1流、留年2流、4年で出るのはただの人」なんて言い草があるような学校だった。オレは2年留年しているわけだから2流ってとこなんだが、たしかに留年仲間もたくさんいて、オレたち留年生は卒業式をやっている裏番組で、卒業証明書だけ事務室に行ってもらって、その足で飲み屋にいってしこたま飲んで、留年仲間だけで卒業を祝った。あの日もサクラが咲いていた。いや、あれはサクラではなかったか。4年でまっとうに卒業できた女子学生たちの袴姿かもしれない。晴れやかな、春風駘蕩と言いたくなるような、卒業式に何の疑念も抱かずに、素直に参加する学生さんたちに背を向けて、オレたち留年生は、なるべく卒業式の会場から離れた場所にある、昼間から飲ませてくれる、学生相手の安居酒屋に向かったのだ。
あのときのどうしようもなく外れてしまった感じ、正しいものに背を向けた感じを、オレは40年経った今でも忘れられないし、あの外れた感じで40年間生きてきたように思う。
あの日、いっしょに飲み屋で卒業を祝った留年仲間は、いまどうしているだろう。無事に生き延びているといいんだが。

