5月公演 悲劇VS喜劇

NPOも10年になる。行きつけの眼鏡屋さんとしゃべってたら、10年ってのは節目だねえと言われた。その店は今年で開店から30年を迎える。重い言葉だ。

ふと気になって調べた。「NPO 平均寿命」・・・なんと怖ろしいことに平均は10年だった。とりあえず平均寿命まではCAワークスは生き延びたってわけだ。でも、ここからだ。おんなじことをやってたんじゃあ、先はない。かと言ってまったくやったことのないことをイチから勉強してやるほど、もう若くもない。戦略は一つ。今手元にあるものをもっと先鋭化して押し出していくこと。これしかない。

その第一弾が先週ブログに書いた「一宮スタジオ演劇部」だ。講師は集まった。結構すごいメンバーだ。日程も組めた。今はチラシを作っている最中だ。2月中には刷り上がる。1期生を3月から4月の1か月で集めて、4月3日に部活を始める。大人の演劇部。大人の部活動。年齢不問、経験不問、性別も不問だ。またHPにも正式に載せる。オレ自身、とっても楽しみにしている企画だ。いっしょに演劇部やろうよ。

そして、生き残りを賭けた第2弾は、やっぱり芝居作りだ。これまで以上に思った通りに芝居を作ろうと心に決めている。その一発目が、5月11日(土)・12日(日)にやる『悲劇VS喜劇~清水万鳳スペシャル~』だ。悲劇として「月の光」の朗読バージョンを、喜劇として「た・す・け・て」を上演する。両作品とも再演になる。出演するのは清水ひとり。清水万鳳の一人芝居を2本見せる企画だ。1日1ステのみ、2日で2ステ。会場はいつもの一宮スタジオ。1回の公演に20名しか入れないから、2公演で40名。たった40人にしか清水万鳳という稀有な役者の今を見せることができないのはムチャクチャ残念だ。が、清水の体力の問題もある。このブログを読んでいる人は3月1日からチケットを発売するから、忘れずに予約を入れてほしい。先着順に受け付けるから。

と、ここまで書いたら、前やった芝居じゃあねえかよ、観たことあるよ、その話。って声が聞こえてきた。そうか。そういう人もいるよね。芝居は、お話を見るって思っている人ね。この芝居のあらすじは・・・って話し出して品評する人ね。別にそういう見方が悪いとか間違ってるとかいうつもりはないけど、少なくともオレはそういう見方に組しない。そういうふうに芝居ってものをとらえていない。オレはね、芝居っていうのは役者を見る/見せるもんだと思っているんだ。そうして、芝居のあらすじは、その役者を舞台の上にくっきりと存在させて、お客に役者を過たずに見せるための道具立てに過ぎないとオレは思っているんだよ。

オレの芝居の作り方は、役者中心だ。まず役者がいる。その役者のエネルギーなり、狂気なり、歩んできた生き筋なりにオレが感応する。ああ、こいつで芝居が作りたいなって思う。この役者のどこに感応したのだろうと考える。そこからゆっくりゆっくり芝居づくり、台本づくりが始まるって手順だ。オレのアタマの中に先に台本があるわけじゃないんだよ。あてがきだな、言ってみりゃあ。オレの芝居は、役者の一番おいしいところを提供することを目的としたあてがきなんだよ。素材の良さが一番出るように料理を作る感じかな。オレはずっとこの流儀だよ。高校演劇で全国大会に行った3作も、こうして興行やるために作った芝居も全部ね。

清水万鳳は稀有な役者だとオレは思っている。まずはエネルギー量が半端ない。生き筋がまっすぐだ。エネルギー量が多くって、まっすぐに生きてりゃあ、それは傷つくわ。こすっからいヤツが大きい顔してる世の中だからさ。でも、そんな生き方してるから、清水の中には、いろんな感情が、人の何倍も何倍もプールされているわけだ。そしてたまった感情を、生来のいっぱいのエネルギーで表現するわけだ。清水の演技は、静の表現も、動の表現も、なんていうかな、濃度が濃いんだよ。丸くなりゃあ生きやすいだろうにって清水を見てて思うよ。そう思うけど、そうなったら清水の役者としてのいいところ、余人をもって代えがたいところが薄まっちゃうからね。だからオレは、清水にはいつまでも傷つきながら、丸くならずに生きててほしいな、って思っちゃう。そう、結局、役者は人間性なんだよ。そいつの生き筋が舞台に現れるんだ。芸術ってエネルギーの感応なのよ。例えばピカソの絵を見ると元気になるじゃない?走り出したくなったり、急に勉強したくなったりするじゃない?そういうこと。オレが清水と作る舞台もそこを目指しているし、そういう舞台をさ、オレはこれからも作りたいんだよね。ブログを読んでくれてる皆さん、是非、5月11日、12日は一宮スタジオに足を運んで、清水の溢れんばかりのエネルギーに感応してください。