「表へ出ろ!」

新任の学校で、歓送迎会があって、年寄りの教員が何人も寄ってきてオレに説教をした。もちろんみんなへべれけに酔っ払っていた。オレは飲めないから素面だった。普段はまっくそんなそぶりも見せずに、普通に接してくれていた年寄りたちが、別人かと思うくらい、オレにからんできたんだ。
忘れもしない。24歳のオレは、ビール瓶をもって、ついと立ち上がり、テーブルの端に力一杯ビール瓶を叩きつけた。鈍い音がした。ギザギザになった上半分だけの瓶を手にしたまま、オレは何の躊躇もなく年寄りどもに言った。「表に出ろ。話つけようじゃないか」
オレはそのまま宴会場を後にした。もちろん、上半分だけのビール瓶をもったままだ。
後ろを振り向くと、誰も出てこなかった。あほらし。オレはそのまま、宴会場をあとにした。
教員なんて、情けねえなあ。教員になって1年目でオレは心底思ってしまった。
そんなにオレのことが気に入らなきゃ、普段から素面の時に好きなだけ文句でも指導でもすりゃあいいじゃねえか。酔っ払ったときしか言いたいことが言えないなんざ、ほんとにクズだよ、あんたら。それにだ、たかが24の若造に「表に出ろ」なんて舐めた口叩かれて、なんで誰一人出てこない?「なんだ、おめえ、それが先輩に対する態度か!」って逆上する年寄りがひとりくらいいたっていいじゃねえか。さっきまでの威勢の良さはどこ行っちゃったの?情けねえ、ほんと情けねえ。そんなダサいヤツがなんで生徒の前で、偉そうに説教垂れられるんだ?

今思っても、なんの躊躇もなくビール瓶をたたき割ったオレは、スカッとしたいいヤツだ。惚れ惚れするぜ。コケにされたらやり返す。いいじゃねえか。人として当たり前の行為だ。

ところが今じゃどうだ。
1年生きれば1年分世故に長けてゆく。知らず知らずのうちに長けてゆく。角が取れて丸くなる。人はそれを成熟という。大人になったと褒めてくれる。
でも、本当にそうなのか?

オレは今のオレに問う。オマエ、今でもコケにされたら、躊躇なくビール瓶たたき割れるか?「表へ出ろ。話つけようじゃないか」ってたたき殺す覚悟で凄めるか?と。

オレはね、躊躇なくビール瓶をたたき割れるじじいでいたいな。小利口になって、世故に長けて、物知り顔になって、悟り済ましているようなじじいいにだけはなりたくない。ましてや偉そうに上から目線で、若いヤツに講釈たれたり説教したりするじじいには死んでもなりたくない。どうせなら、どんな若い先生とでも、同じ地平に立って、タイマンを張れるような生臭えじじいになりたい。

そう思ってオレは今、自分が知らぬ間に纏っちまった成熟をふるい落としに掛かっているところなんだよ。