花火

岡崎の花火大会が昨日あったらしい。

見なくなって久しい。

昔は、2階の物干し台に上がって、家族みんなで眺めた。

中学校に入るまではお父さん、お母さん、おばあちゃん、オレの4人でみた。

中学になるとお父さん、お母さん、オレの3人でみた。おばあちゃんはボケがはじまって、2階まで上がって来れなくなったのだ。

高校生になるとお父さんとオレの2人でみた。いよいよボケがひどくなったおばあちゃんの世話で、お母さんはゆっくり花火など見ていられなくなったのだ。

大学生になると、オレは岡崎を離れて東京の大学へ行ってしまった.。おばあちゃんはオレが大学に入学した年の春休みに死んだ。お父さんとお母さんは、2人で仲良く見たのだろうか。

次にオレが物干し台に上がったのは、教員になって随分経ってからだ。オレは実家に住んでいなかったから、その日は父親の見舞いに行ったのだと思う。

オレが物干し台で花火を見ると言うと、「やめときん」と母親が止めた。

「なんで?」オレは訊いた。

「どうせ見えん。昔みたいには見えんよ」母親はそう言うと、父親にごはんを食べさせはじめた。もうその頃には、父親は自分でごはんを食べられなくなっていた。母親はずっと父親の介護をしていた。

オレはひとりで物干し台に上がった。

本当に見えなかった。昔のようには見えなかった。

花火が打ち上げられる菅生川のまわりには、タワーマンションが建ち並んでいた。うんと高く上がった花火以外は、マンションで見えない。見えないのに音だけは聞こえた。音が聞こえるたびに、マンションが鮮やかな色で夜の闇に浮かび上がった。

オレはしばらくの間、ひとりで物干し台に座っていた。

その日から一度も岡崎の花火は見ていない。

岡崎の花火と聞くと、今でも、ほんの少しだが、苦い気持ちになる。

「どうせ見えん。昔のようには見えん」