番人を眠らせろ。
「偏愛マップ合コン」っていうレッスンメニューがある。やれば、とりあえず目の前の生徒たちがキャアキャア言ってくれるから、結構広まっている。ウチの学校では、全クラスが4月のクラス開きに使ってるんじゃないか。どんどんやってくれればいい。「偏愛マップ」をまず作るんだが、それが上手く書けるヤツと、さっぱり書けないヤツがいる。「偏愛マップ」ってのは、自分の偏愛=ものすごく好き、なのものをA41枚の紙にどんどん書いてゆくってものだ。あらゆるジャンルにわたって、なるべく細かくね。
たくさん書くコツは、スピードなんだ。速く書く。考えずに書く。スピードだ。
オレたちの中には〝番人〟がいる。「こんなこと書いたら笑われるぞ」とか、「恥ずかしいな、おまえ。こんなもん好きなのか」ってささやきやがる。番人は世間体とか、見栄とか、羞恥心とか、そうものが人格化したヤツだ。
いる。絶対いる。誰の中にも番人が。番人はおまえの耳元で囁く。匿名でいろ、人から浮くな、世界を信用するな。番人は囁き続ける。おまえは地味に、黙って生きてりゃいいんだ、そうすりゃあ安全だぞ、と。
でもなあ、いくら人に変に思われようが好きなもんは好きだろうが。おまえは他の誰でもない、おまえだろうが。恵まれてるかどうかは知らない。いろんなもんを抱えて、自分なんてクソだと思ってるかもしれない。でも、それでも、おまえはおまえで、おまえ以外の何物でもなくて、そんなかけがえのないおまえを、なんで無いことにしてしまわなくてはいけないんだ?
番人を眠らせろ。そのためにはスピードだ。番人が検閲に入る前に手を動かしちゃうんだ。どんどん。そう、どんどん書くんだ。
すると、何が起きる?あれれ?こんなこと自分考えてたのか、って紙に書かれた文字を見て、はじめて自分の考えていたことに気づくってことが起きる。
これが、偏愛マップをたくさん書くコツだ。
オレたちのなかには、昼の自分と、夜の自分がいる。番人の検閲を受けて匿名性の中で、周囲から浮かないように忖度を繰り返す自分。これが昼の自分だ。番人がすやすや眠っているのを見計らって、忖度なしで、周囲の目など気にせず、自分の無意識にアクセスする自分。これが夜の自分だ。
ものを創るってのは、夜の自分にアクセスする通路を発見した人間のことだ。
オレは今、自在に番人を抹殺できるように頑張っている。抹殺?物騒な物言いか。せめてすやすや眠らせておけるようにと言った方が良いか。
どうやって?恥知らずな人間になるんだよ。音楽やってる同僚が言ってたよ、「恥ずかしさなんて持ってても、一文の得にもなりゃあしない」って。
この文章、一度も書き直さずに10分で打った。番人は寝てた。今日はオレの勝ちだ。