モノには記憶が宿るのかも(4)(承前)

「名前は?」少女は恐る恐る訊く。

「便所くん」便所くんは答える。

少女のアタマの中に?が一瞬浮かび、理解した。「便・所君?・・・ああ、中国の人なのね」

少女の声が少しだけ和らいで聞こえた。便所くんは思わず「そう」とウソをついてしまう。言えるわけない、3メートルの巨大便器だなんて。

少女は勝手に思いを巡らす。きっと夜間定時制に中国から留学してきた生徒で、日本の生活に馴染めず、こんなところに隠れているんだ。そうだ、一人でいるとホッとするもん。自分だって、教室にいると息が詰まるもん。

「君の名前は?」便所くんは勇気を出して訊いてみた。

少女はあっさりと教えてくれた。

便所くんは、ここが勝負とばかり、勇気を出して申し込んだ。「友だちに、なって、ほしい」

言ってしまって、便所くんは激しく後悔した。どうせダメに決まってる。どうせ逃げてしまって、2度と来ないに決まってる。人間だったときから、女の子と話したことがなんて1度もなかったんだから・・・。元々ネガティブな便所くんの性格は、15年間シカトされ続け、闇の中で一人ぼっちで過ごすうちに、輪をかけて暗く、そして捨て鉢になっていた。

キンコンカンコーン

チャイムの音が遠くて聞こえた。

「行かなきゃ」少女は呟いた。

「うん」便所くんは力なく答える。

少女の足音が聞こえ、だんだん遠ざかってゆく。

やっぱりな。やっぱりだめか・・・便所くんは思う。いや、待てよ。これ言っとかなきゃ。

「あの!」便所くんは慌てて、遠ざかる足音に声を掛ける。

足音が止まった。

「今日のこと、誰にも言わないでおいて」便所君は言った。

言われたらマズい。撤去されちゃう。それはイヤだ。どんなに寂しくても、撤去されるよりはいい。いままでが続くだけだから。いままでだって耐えれたんだから、きっとこれからだって・・・

「わかった」少女はきっぱりと言った。「言うわけない。相手のイヤがること、友だちはしないでしょ」

ここまで書いて、オレ(この文章を書いてるオレね)は本当に嬉しくなった。便所くん、よかったな。15年も我慢した甲斐があったよ。女の子と友だちになれたんだぞ。夢みたいじゃないか!

こうして、少女と便所くんの付き合いは始まった。(つづく)