ブーフーウーの老後(4)

オオカミは夜中に目を覚ましました。もう寝つけません。目をつむって、もう一度眠りに就こうと努めました。何にも考えちゃあいけねえ。オオカミは小さく呟きました。目の焦点をわざとぼかすように、頭の中を薄ぼんやりさせるんだ。じゃないと考えちまう。一度考え始めたら、嗚呼って気持ちになって、今度は胸の辺りがキューってしてくる。後悔。この、胸のあたりのキューって感じを後悔って言うんだ。そんなことになったら、もう眠るどころじゃなくなって・・・。オオカミは、嗚呼と、今度ははっきりと声に出して大きなため息をつきました。考えるな、何も考えるな。・・・・。

しばらくはじっとしていましたが、オオカミはやがてむくりと起き上がりました。窓辺に寄って空を見ると下弦の月が出ていました。オオカミはため息をひとつついてから、台所へ行ってコーヒーを淹れました。テーブルに座ってコーヒーを啜りながら、オオカミはぼんやりと考えました。あの頃には戻れねえ。足だってこんなに細くなっちまった。胃腸もすっかり弱っちまった。それより何より気持ちが萎えちまって、悪さする気になんぞちっともなれねえ。オオカミは部屋の中を見回しました。大量の本が壁際に積み上げてあるだけの、殺風景な部屋でした。「オレには何もない」声に出すと余計に身に沁みました。「家族もない。まともな暮らしもない。あの頃みたいなエネルギーも、もうない」

コーヒーを手に洗面所に行き、鏡を見ました。老いたオオカミの顔が映っていました。生気のない顔色。たるんだ頬。自慢の毛皮も白髪交じりです。昔はこんなじゃなかった。もっと・・・そう、もっと生気があった。生気があって、もっと世の中を睥睨してるような顔つきをしていた・・・。

「あいつらはどうしてるかな」オオカミはブーフーウーの3匹の子豚を思い出しました。ブーの藁の家、フーの木の家、そしてウーの石の家、煙突から入り込んで喰ってやろうってしたっけ。あの頃は楽しかった。あいつらにはひどい目にあったけど、それでも楽しかった。あいつら3匹の虫も殺しませんっていうような無垢な顔を見てると、無性にイジメたくなって、あのまるまると太ったからだを見てると、丸ごと食べちゃいたくなって、もう居ても経ってもいられなくなってきて、今度はどうやってイジメてやろう、どうやって食べてやろうって、それこそ寝る間も惜しんで考えて、いいアイデアが思いつくと、夜中だろうが、明け方だろうがもうワクワクが止めれなくなって・・・。あいつらと遊んでる頃が、オレの青春だった。そうだ。あいつらを追いかけている時の感じ。あれが生きてるって感じだ。もう一回、もう一回だけでもいい。あんなふうになれたら、オレはどんなに幸せだろう。

「あいつらはどうしてるかな」今度は声に出して言ってみました。あいつらはオレと違って穏やかで、常識的で、良き市民だから、幸せな老後を送っているに違いない。奥さんや子どもといっしょにいて、かわいいおじいちゃんになってるに違いない。もういい年だし、孫とかもいるだろう。そしたら、孫の手を引いて、公園に行くことを日課にしてるかもしれない。そんなあいつらを見たら、オレはどう思うだろう。いいな、うらやましいなって、余計に自分が惨めになるか。いや、もしかしたら・・・もしかしたらチクショウって思って、もう一回イジメてやろうって、あの頃みたいな生気が戻ってくるかもしれないぞ・・・。

あいつらに会いに行こう。オオカミは心に決めました。

オオカミはもう一度、鏡に映った自分の顔を覗き込みました。心なしかさっきより血色がよくなっているように見えました。