ブーフーウーの老後(2)
フーは学校の先生でした。大学を出てから40年近く、公立の小学校の先生として生涯を過ごしました。
フーは日がな一日卒業アルバムを眺めています。本棚には先生になってから退職の年を迎えるまでの、40年に及ぶ卒業アルバムが1年も欠けることなく並べられています。
そんなフーを見ると、奥さん豚は悲しくて、いぢわるな気持ちになります。
今日もフーはアルバムに見入っています。奥さん豚は声を掛けました。「ねえねえ、この子ったら、すごくおませな顔してない?どんな子豚だったの?」蹄で一匹の子豚を指しながら、わざとらしいくらいに明るい調子で声を掛けました。「ん?」フーはアルバムから顔を上げて、奥さん豚を振り返りました。振り返ったフーは、すごく穏やかな目をしていました。「先生の目!」奥さん豚のいぢわるな気持ちはさらに募りました。
フーはもう一度、アルバムに目を落としました。奥さん豚が蹄で指した一匹の子豚の顔をじっと見つめています。しばらく見つめた後、フーは言いました。「この子豚は・・・ちょっと、印象にないなあ」
奥さん豚は、台所で昼食のお皿を洗いながら、自分がイヤになりました。「どんな子だったか、一編だって答えられたことなんかないのに。なんでわたし、また今日も訊いちゃったんだろう」フーは今も部屋に籠っています。昼寝をしているか、そうでなければ卒業アルバムを眺めているに違いありません。酒もたばこもやらないし、ギャンブルにも手を出さない。家事も自分の分担は忘れずにやってくれる。性格も穏やかで、声を荒げたことなど結婚生活の中で一度もない。文句のつけようのない夫なんだけれど。でも・・・とここまで考えて、奥さん豚のお皿を洗う手が止まりました。でも、話をすることといったら、結婚した時から学校の話題ばかりだった。毎日毎日卒業アルバムを見ているけど、いったい何を見ているのだろう。どんなつもりで見ているのだろう。退職して3年になるけど、これからもずっとこうやって過ごしていくつもりなのだろうか。奥さん豚には、部屋の中にいるフーが得体のしれない黒い塊に思えてきました。