モノには記憶が宿るのかも(3)(承前)

14年ぶりに生きた人間の気配を感じた便所君は、堪えていたものが決壊したように思わず泣き声を上げてしまった。

少女は当然ビビる。誰もいない筈の場所で、突然男の子の泣き声が聞こえたのだから。

少女は工業棟の倉庫から逃げ出そうとする。

でも恐怖のあまり、足をうまく動かせない。前に進めない。膝がガクガク震えて、シャンと歩くことすらできない。

次第に遠ざかってゆく人間の気配・・・。

このチャンスを逃したら、また今度いつ、人間に会えるかわからない。便所君は必死で叫んだ。「待って!・・・何もしないから。お願いだから!」

少女は恐怖のあまり立ち止まってしまう。

便所君は言い募る。「怪しい者じゃないんだ。なつかしいだけ。だって、生きた人間に会うなんて本当に久しぶりなんだもの」

少女は混乱を深める。今自分に話しかけている声の主は、一体誰なんだ?生きた人間に会うのは久しぶり?この声の主は、もしかして人間ではないのか?人間でないとしたら・・・お化け?物の怪?

「「どこにいるの?」怯えながらも少女は訊く。

便所君は言った。「君がさっきまでもたれて、あのステキな曲を聴いていたロッカーの奥にボクはいるんだ」

少女は少し、ホッとする。ロッカーの後ろに人がいたのか。自分とおんなじだ。きっと教室がイヤで、誰もいない所を探して、この倉庫を見つけたんだ。人間とわかれば、そんなに怖く感じない。ヤバいことがあれば、逃げ出せばいい。

「・・・ホントに何にもしない?」と少女。

「ボクは一人じゃあ起き上がれないんだ。何にもできやしないよ」と便所くん。

少女はまた混乱しはじめた。①生きた人間に会うのは、うんと久しぶり。②ロッカーの奥にいる。③一人では起き上がれない。・・・何なんだ、この人は?喋り方もなんだか妙に気弱そうで、オドオドした感じだし。第一、大の男があんなふうに大声張り上げて泣くか???

それでも少女はおそるおそる引き返して、ロッカーの奥を覗き見ようとする。

「見ないで!」慌てて便所くんは叫ぶ。3メートルの男性便器が喋ってるなんて知ったら、きっとこの少女は一目散に逃げてしまう。いや、逃げるだけではきっとすまないだろう。先生に言いつけるかもしれないぞ。お化けです。はやく撤去してください!・・・そんなことになったら、今度こそ、廃棄される。解体されて、この世から消えてしまう・・・。そんなのはイヤだ。

「お願いだから、見ないで・・・見られたくないんだ。あるだろ?誰だってそういうの」

少女は足を止める。そうだ。誰だって、知られたくないことはある。私だって、ある。私はクラスで無視されている。簡単に言うといじめられている。クラスの女子はみんな、私がいじめられていることを知っている。でも、親にも先生にも言えない。知られたくない。無視されている自分は嫌い。いじめられている自分のことは、他の人には知られたくない。知られたら、余計に自分が惨めで、自分のこと、もっと嫌いになっちゃうから。

・・・この人、私とおんなじかも。少女は思った。

ー便所くん、ラッキーだな。少女は覗いてみることをやめたみたいだ。それどころか、君に親近感すら持ったみたいだぞ。ー(つづく)